京都・滋賀の旅 ~トロッコ列車・旧山陰道・老ノ坂峠・地蔵院~

二日目も快晴なり!
給水は大事なので、1L分の凍らせた麦茶に0.5Lの麦茶を足して給水バッグに入れて背中にしょってます。
本気度MAXの東京本社Yです。

本日はトロッコ列車に乗って亀岡まで行き、そこから本能寺を目指す「明智行軍ルート」を行きます。

光秀は、秀吉の中国征伐の援軍に向かうため、現在の亀岡にあった亀山城を出発します。
しかし、中国方面へは向かわず、本能寺を襲撃したのでした。

あまり観光らしいことをしない、我々ですが、珍しく観光列車に・・・。

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いいですね、トロッコ列車。
保津峡の断崖絶壁に張り付くように線路が敷かれ、右に左に渓谷を楽しむことができます。
通常ですと、トロッコ列車で亀岡まで行き、保津峡下りで嵐山まで下ってくるのがメジャーですね。

保津峡下りもめっちゃ楽しいですよ!

我々は観光ではないので、ひたすら歩きます。

本能寺に向かう明智軍は3隊に分かれて進軍します。
先行部隊は山陰道を、第二隊は唐戸越えルート、第三隊は山陰道を途中でそれて唐戸越えルートへ。
唐戸越えはほぼ登山になるので、我々は先行部隊の山陰道ルートを歩きます。

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一番穏やかな山陰道ルートもこんな感じです。
ちっちゃいカエルがいました。

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明智軍記によると、光秀は老ノ坂峠で「敵は本能寺にあり!」と叫んだとあります。
老ノ坂峠は山陰道上にありますが、光秀は第二隊か第三隊にいたとされ、唐戸越えルートを通っているので

老ノ坂峠で叫んでない!

というか、「敵は本能寺にあり!」なんて言ってない、というのが常識の様です。
明智軍記は江戸時代に編纂されたもので、歴史裏付ける史料として信頼できないものなので仕方ないですね。

で、コチラがその老ノ坂峠。
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画面向かって手前が京都、奥が亀岡です。

まぁ、一本道の途中の坂のてっぺんでいきなり「敵は本能寺にあり!」とか言われてもね・・・。

確かにおかしな話ですよね。
分岐点で中国方面ではなく京都方面に進路を変えて「敵は本能寺にあり!」ならわかりますが・・・。

まぁ、言ってないんですけどね。

ずっと歩いてしまうと、途中で死人が出ますので、
適度にバスでショートカットしつつ、山陰道を行き、最後の目的地は竹の寺・地蔵院

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ここは、唐戸越えルートの丁度山を下りてきた地点にあり、第二隊と第三隊が合流した地点とされています。
先行部隊はここで合流せず、そのまま本能寺を襲撃したそうなので、
本能寺前で「かかれ!」とかいう号令もかけていないんですね。光秀さん。

分かれば分かるほど残念になっていく事実・・・www

ここ、地蔵院は「竹の寺」というほどなので、見事な竹林の中にあります。
お庭では胡蝶侘助がみられます。

最近人気だそうで、特に女性がこのハート形の窓を縁起物として写真に収めていく姿がよく見られます。

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まぁ、これは猪目窓と言って、魔除けの意味はあっても縁は結んでくれないんですがね・・・。

と、言うわけで、今回の合宿の全行程がここで終了いたしました。
2日間で4万歩超、私は前日分を合わせて3日で6万歩超!

どうもお疲れ様でございました。

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